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HSPの人が繊細さと上手に付き合っていく心得 心の悩みから来る「身体の異変」に蓋をしない

武田友紀さん(左、写真は本人提供)と大木亜希子さん

武田友紀さん(左、写真は本人提供)と大木亜希子さん(撮影:梅谷 秀司)の対談後編をお届けします

光の明るさや空調の音の大きさ、他人の感情の起伏やわずかな匂いなど、ちょっとした物事の変化に本当に敏感な子供だった。日常生活だけでそんな状態だったから、自発的にホラー映画を観たり、感情が揺さぶられる音楽を聴いたりした後は、感性が刺激されすぎてしまう。気持ちが引きずられて、数時間は何もできない。周りの誰かが「怒り」の感情を抱えているとすぐに察知し、自分自身の仕事が手につかなくなることも一度や二度ではなかった。「私がこの人の怒りの原因だったらどうしよう」とか、「この人を励まさなきゃいけない」という余計な苦労だけが募り、堪えたこともある。私を心配する人からは、「気にしすぎは良くない」とか「影響を受けないようにしなきゃ」と言われても、どうしても些細なことが気になってしまう。この “感じやすい性質”について、「自分の人生を優先させたほうが良い」と言われても、そんなことは自分が一番よく分かっていた。だからこそ、余計に苦しかった。「おかしいのは私のほうなんだ」と自分を責めるほうが楽だったので、誰も責める気にはなれない。「私は何も問題ございません」という適当な笑顏をしながら、日々その場をやり過ごす。(「自分の性質に「名前」がついた瞬間、ホッとした【HSP】」――大木亜希子「note」 2020年6月9日配信)

対談の前半はこちら

女性アイドルグループ「SDN48」の元アイドルであり、現在は作家・ライター・コラムニストとして活躍する大木亜希子さん(30歳)は、自分の繊細な気質に長年、悩んできた。そして30歳になったある日、友人からの一言がきっかけでそれがHSPだと気づいた。

HSPとは、“Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)”の略で、「人一倍繊細な人」と訳される。1996年にアメリカの心理学者のエレイン・アーロン博士が提唱した概念であり、病気や障害ではなく、音や光、相手の感情などまわりの環境から刺激を受けやすく、物事を深く考える傾向が強い気質を持った人のことをいう。

「人一倍繊細なHSPが自分を知って楽になる方法」(2020年6月17日配信)に続いて、自身もHSPでありつつ、HSP専門カウンセラーとして活動する武田友紀さん(36歳)と大木さんの対談後編をお届けする。(司会は二宮未央、対談はZoomで実施)

“きらびやかな自分”を演じた反動

大木亜希子(以下、大木):アイドル時代・会社員時代も、男性との出会いを大事にしながら仕事も頑張って、常に“きらびやかな自分”を演じていました。それは“虚構の自分”でした。男性に気を遣った帰宅後は、その反動なのか、部屋の電気が消えた状態でベッドの上で、あられもない格好でひたすらお菓子を食べ続けていました。どんどんブクブクと太っていき、20キロも増えたことがありました。

とにかく、音も光も入れたくありませんでした。暗い部屋で、交感神経が働いて、何もしない生産性のない自分に自己嫌悪に陥りながら、負のスパイラルに陥っていました。

今考えれば、HSPの気質によるものだったのかな、と。

武田 友紀(以下、武田):「疲れ果てた時にどう休息するか」というよりも、「疲れ果てる前に気づけるか」のほうが有効です。

私は著書や講演などで「繊細さん」と呼んでいるHSPは、刺激をたくさん受け取るため、人と話した後は疲れて、蛍光灯のあかりでも眩しいと感じたりします。そこまで疲れる前に「疲れてきたな」「この人と話すのは嫌だな」と気づいて、そこで止められるかどうかです。

武田友紀(たけだ・ゆき)/日本で数少ないHSP専門カウンセラー。自身もHSPである。九州大学工学部機械航空工学科卒。大手メーカーで研究開発に従事後、分析力とHSP気質を活かしてカウンセラーとして独立。全国のHSPから寄せられる相談をもとに、HSPならではの人間関係や幸せに活躍できる仕事の選び方を研究。HSPの心の仕組みを大切にしたカウンセリングとHSP向け適職診断が評判を呼び、日本全国から相談者が訪れている(写真:編集部撮影、取材はZoomで実施)

精神科医の泉谷閑示氏は、人間は“心”と“頭”と“身体”からできていて、心が何かを嫌がっている時に、頭が「そんなこと言うな」と蓋をしてしまうと、心の声が身体に症状として出てくる、と提唱されています。大木さんは著書『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人と住む選択をした』(祥伝社)で、駅のホームで突然歩けなくなった経験を書かれていましたが、これはまさにそれです。駅のホームで歩けなくなるもっと前の時期に、“体調が悪い” など、何らかのサインがあったのではと思います。その時に「私は疲れている」と思えたかどうかです。

大木:疲れを自覚できたかどうかということ?

武田:そうです。私は会社員時代、忙しくなるにつれて、ストレスによる肩こりも生理痛も重くなり、薬を飲んで働いていました。薬で抑えて通常通り働き続けるというのは、体のサインを“ガン無視”ですよね。心の声に気づかず、体に症状が出続けていた、ということです。その段階でちょっと休むなり、「この人と会うと肩が凝るわ」など気づいて対処できるかどうかです。自分の本音がわからないときは、まずは体に意識を向けてみるといいですよ。

心の悩みだからこそ身体にフォーカスする

大木:なるほど。私はもう、心のことばかり意識していました。

駅のホームで歩けなくなったとき、3日に1回通っていたマッサージで「なんでこんな異常に凝っているの? こんな凝っている人いませんよ」と言われていました。自律神経がおかしくて、タクシーに乗っただけで涙が出てくるとか……。もう限界はわかっていたはずでした。

心の悩みだからこそ、身体にフォーカスするというのはいい対処策ですね。

コロナウイルスの影響によって、リモートワークが半強制的に進んだ側面もあります。HSPにとっては在宅作業が増えると人に気を遣わず、楽になるのではないでしょうか。

武田:そうですね。人との距離が空くことで、自分のペースを保ちやすくなります。

苦手な人とも会わなくて済むので「それがとても楽」という声が多くあります。

一方で、自粛中に流行ったSNSのバトン(〇〇チャレンジなど)では、自分がどういう人間かうまく伝わっていないと、「ほしくないのにバトンが回ってきた」など自分に合わない案件が来てしまいます。HSPは断るのが苦手な傾向にあり、それに対応するのにも一苦労です。殻をかぶって人と接していると、その殻に合う人が来てしまうので、自分に合わない案件も来やすくなるのです。

大木さんは、著書を通して自分の考えを公表したことで、来る仕事も変わってきたのではないでしょうか。

大木:はい。変わってきたと思います。

以前、私は「身を切るライター」と言われていました。体を張ったり、自分の過去を赤裸々に話したりすることで、それを商売にしているといういじわるな目線の方もいました。私としては「それは違う、それを表現に転嫁することで、私自身の癒しになっているよ」と言い続けていたのですが、それも疲れてしまいました。

でも、作品を生み出したことでいろんな感想をいただくうちに、ようやく、「自分の主軸は自分であり、他者からの評価ではない」と気づきました。「生きづらさを感じていた自分⇒自分の過去の体験談を語り終えた⇒自分が興味のある分野を新しく吸収し、ライター業だけでなく、脚本業も、作家業もやってみようという新しい自分になれた」という気がして、自分でも驚きでした。

人間には悩みから“切り替わる地点”がある

武田:人間は、悩んでいる状態から、悩みがある程度解消し、これから何をやっていこうか、どんなふうに生きていこうかと“切り替わる地点”があります。マイナス状態からプラスに切り替わる “ゼロ地点”です。悩みが大きい時は、悩みの解消だけで精一杯ですが、それが終わると、やりたいことが出てくる状態になります。過去にとらわれずにこれからやりたいことを見つけていこうという段階に差し掛かっておられると思うので、仕事の内容も変わってくると思います。

大木:武田さんの著書に、「吹き抜ける風を感じながら銀杏並木を歩いていると、黄金色の葉っぱが舞い落ちてきて、それだけで世界が美しかった」というくだりがありました。今まで30年生きてきて、そんなことを感じられる余裕がなかったのですが、今なら共感できます。

武田:ゼロ地点を通ってプラスになると、五感で感じるものが増え、体の感覚もよりクリアになります。大木さんの著書『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人と住む選択をした』の中でも、それが如実に表現されています。「ササポン(大木さんと同居している男性)と食べたすいかが甘かった」「ササポンの別荘の家庭菜園で採ったかぶがおいしかった」と書かれている一方で、ノルマ飯(※結婚適齢期までに結婚できるように、男性と食事をして恋人候補者の手札をふやしていく行為を大木氏は著書のなかでこう名付けている)のときは、味の話が出て来ません。

ササポンといてリラックスしているときは五感で世界を感じているけれど、ノルマ飯のときは五感がない(笑)。

大木:書いている自分でさえ気づかなかった! すごい視点ですね。

――大木さんにとってのササポンのように、例えば心を許せる友人、恋人、配偶者など誰かのおかげでHSPが救われるということはあるんでしょうか。

武田:あります。誰か1人本音を話せる人ができると、変わっていきます。

「誰も自分のことをわかってくれない」と思っている方が結構いるのですが、心を許せる人が1人でもできると、「人に話してわかってもらえるんだ」ということがわかります。そうすると、「理解してくれる人なんていない」と思っていたものが「いる」になり、その状態で人と接するようになるので、理解者が2人、3人と見つかっていきます。

大木:コロナの影響で在宅勤務が定着すると、会社に行かなくてもよくなって気楽になった半面、HSPは新時代で戦わなければいけない視点が増えると思います。武田さんにHSPから寄せられる相談内容に変化はありますか。

武田:内容に変わりはありません。確かにコロナの影響で、悩みの表面的なものは変わりますが、仕事や人間関係がつらいという本質的な内容は変わりません。コロナ禍にあっても「自分に合う仕事をしたい」「良い人間関係を築きたい」という人間としての求めは変わりませんから、ご相談の本質はそんなには変わらないのです。

「ビデオ会議だと話しづらい」など悩みの細部が変わっても、“幸せ”はあまり変わらないと思います。例えば「おいしいごはんを味わって幸せ」とか、「大切な人とのたわいない会話がうれしい」とか、そういった幸せは変わりません。

HSPは、ちょっとしたことにも幸せを感じられる気質なので、自分の幸せを大事にすることで、社会の変化に振り回されにくくなると思います。

大木:HSPはコロナで状況が変わっても、本質的な悩みは変わらないということが、逆に根深い問題であると思いました。どんな時代でも人々の悩みの本質は変わらない。

武田:今の状況でほっとするという声がある一方で、「ほっとする自分が変なのでしょうか?」という声もあります。「仕事がオンラインになって楽になったけど、それは私の職場が元々大変すぎたんでしょうか?」というように。

HSPは世の中で5人に1人の少数派なので、幼い頃からまわりとのちがいを感じる場面が多々あります。すると「こう感じてもいいのだろうか?」「私はこう思うけれど、それは変なのではないか」と、自分の感覚を疑ってしまうところがありますね。

繊細で、自分の幸せを受け入れられない

大木:繊細で、自分の幸せを受け入れられないのですね。

私もオンラインでコミュニケーションする仕事が増えてきて、映像でいかに何かを伝えるか、文面だけでどれだけ人としてわかり合えるかという点でも、正直ちょっと疲れていました。

武田:HSPは変化に対して敏感なので、なじむのに時間がかかります。

コミュニケーションも、HSPは非言語の部分が大きいです。相手の声のトーン、全身の服装や雰囲気、前回を言っていたこととか、非言語の部分でのやりとりがとても多いので、オンラインや電話、メールになると、コミュニケーションに戸惑うと思います。

大木:おっしゃるとおりです。匂いも雰囲気も感じられないので。

武田:一方で、今までつらい場所にいた人ほど、情報が減るのでそれが楽ではあります。私は、仕事の打ち合わせがオンラインになりましたが、オンラインだと皆さん家からつなぐのでちょっとリラックスしていて面白いと思っています。

大木:武田さんご自身もHSPの気質があるとのことですが、今は生きやすくなりましたか?

武田:そうですね。会社を辞めてフリーランスとしてやりたいことをやるようになって、断然生きやすくなりましたね。最近だと、本を書いたのも大きいです。本に、繊細さん(HSP)の幸せをたくさん書きました。文章で書くことで、自分の中に定着していくので、前よりいっそう小さな幸せに目が向うようになりました。とても良い機会でした。

――HSPに男女差ってあるのでしょうか。

武田:男女差は、基本的にはないです。ただ、男性が繊細であると「細かいことは気にするな」と言われることがあり、表立って言える方は少ないかもしれません。

――歳を取っていっても気質に変化はない?

武田:小さな変化によく気づく、深く考えるといったHSPの気質自体は一生変わりません。でも、悩みはラクになっていきますよ。

対処法を学んでいくことで、「こういう時はこうしたらいい」というようなデータも年齢が上がるごとに蓄積されていきますし、自分の本音を言っても大丈夫だったという経験も積んでいくので、気質は変わらなくても生きるのは楽になっていくのです。

――ということは、人生経験が少ない若い人のほうが、多少なりとも苦しんだりしがちになりますか。

武田:人によりますが「年をとってラクになった」とおっしゃる方は多いですね。「最近の若者は繊細だ」と言われることがありますが、それは繊細な人が増えたわけではないと考えています。社会がだんだん厳しくなって余裕がなくなってきているため、仕事や人間関係に悩む人が増え、なんでこんなにつらいんだろうとインターネットで調べたりして、その結果自分がHSPだって気づいた人が増えたという感じです。

「何かができることで生き残らなければ」という社会になってきていると感じます。

フリースクールで講演させていただくことがあるんですが、学校に行けない(行かない)子どもの感じ方が、休職中の大人と似ていたことに衝撃を受けました。学校に行けない自分を責めてしまう気持ちが、休職中の大人が「働いていない自分には価値がない」と自分を責める気持ちとよく似ていた。

親の価値観が社会の成果主義と同化してしまうと、「ただ楽しむこと」よりも「なにかができること」に重きを置かざるをえない。そうすると、「何かができないと愛されない」「人より優れていないといけない」と感じ、しんどくなる子どもが増えている印象があります。例えば魚釣りに行っても、「あの子より大きい魚が釣れないなら、自分が釣る意味はない」となってしまう。

「できない部分が1つもあってはならない」と自分の中で思ってしまうと、すごくつらいですよね。学校でできなかったことがあった時にショックを受け、「できなければいけないのに、自分にはできない」という葛藤で動けなくなってしまうのです。

それは休職中の方も同じで、「会社に行けない自分は、社会の役に立っていない。そんな自分は生きていてはいけない」となる方は、気づかないうちに「できる、できない」が自分の中で唯一のモノサシになっている。カウンセリングでは、まずはそこに気づくところから始めます。

私が“SNS断食”を始めた理由

大木:例えばアイドルは、トーク力、ダンス力、歌唱力、華やかさ、ステージ映えが必須なので、私はすべてにおいて完璧にやらないといけないと思いながらやっていました。でも、そんな風にはできなくて精神的に崩壊してしまい「もう私には、書くこと以外できない。文章を書くのが一番好きで、無理なく自己表現できる。他の苦手なものはやらない、人の評価を気にしなくていい」、というふうに立ち返ることができたのです。

私は情報が一気にたくさん入ってくると、パニックになってしまうので、今年の1月から“SNS断食”を始めています。誰のこともフォローしないで、自分が欲しい情報だけを自分でとっていく形を取っています。これも1つの戦い方かなと思います。

武田:実は私も、Twitterはほとんどフォローしていなくて、フォローしている人も全員ミュートにしています。見ないわけではなくて、見たい時に自分で見に行くんです。

大木:やっているんですか!武田さんも!!

武田:勝手に流れてこないようにしています。自分の意志じゃないところで情報が入るのがしんどいので。

大木:わかります。私もFacebookほぼ全員ミュートです。でも、その人が嫌いなわけじゃないです、全然。

武田:そうそう。嫌いなわけではなく、“自分で選んで見たい”ということですよね。

大木:同じお仲間を発見できてうれしいです(笑)。

――もし、自分の周りに「この人HSPかな?」という人がいた時には、どんな接し方をしたら?

武田:「HSPだから特別扱いしてほしいわけではない」と、皆さん言います。

望んでいることは、その人自身が幸せでいてくれることです。例えば、会社に繊細な人がいた場合、繊細な人に対して何かアクションをするより、その人自身が幸せに働いてほしいのです。イライラしながら働いている人は、HSPにとって苦しい存在ですから。

私からお願いしたいのは、もしHSPに相談されたら、耳を傾けてほしいということです。例えば「皆がいる環境だと集中できないので、空いている会議室で仕事をしてもいいですか」と聞かれたら「そんなことを気にするな」と言わずに「俺にその感覚はわからないけど、君にとってはそうなんだね」と受け止めて、具体的な対策をとってほしいと思います。

大木:武田さんの話を伺ったことで、もっと自分のために生きていいのだと思いました。

「私がHSPだから、人を困らせているのではないか」「何もできない自分は生きている価値さえない」と思っていた時期もありました。でもそれは、自分が作り上げた世界であり、いい意味でも悪い意味でもなく、他人は自分にそんなに興味はないということ。居心地の良い空間を自分で作り上げていくことが大切だと気づきました。

武田:職場に繊細な人がいるとすごく良いと、個人的には思います。他者への配慮もあるし、基本的にまじめですし、細かいことによく気づいてフォローしてくれるので。

「繊細で良かった」と初めて思った

最後に、大木さんにHSP気質を活かしてお仕事していることがあれば、お伺いしたいです。

大木:私は今まで、繊細な自分を活かせないで仕事してきました。

最近、作家として小説を書き始めたのですが、繊細だからこそ感じ取った「人から言われたどうでもいい一言」や「傷ついて墓場まで持っていこう」というような、今まで誰にも話せずに我慢していたエピソードやその時の醜い感情を、全部物語の世界に形を変えてばこんと投入することができるようになったのです。そのとき、「繊細で良かった」と初めて思いました。

そして、これから先もそれが枯れることがないだろうと思えるようになりました。おごりではなく、自分の気質は変わらないから、それをどう料理していくか、と。

私は繊細で、他人に良く見られようと媚びてしまう自分が嫌いでしたが、この性質は一生変わらないから、それならうまく付き合ってプラスにしていくしかない、と思えるようになりました。

「元アイドルというキャリアばかり活かして、これから何するの?」と言ってくる人がいましたが、そんなノイズも入ってこなくなりました。

武田:自分に合うフィールドを見つけられると、HSPは断然生きやすくなります。合わない場所にいる時は大変ですが、自分がやりたいことや得意なことを見直す時間がとれるといいですね。

大木:そうですね。私は見つけるのに30年かかりましたが(笑)。

これを読んでくださったHSPの方には、なるべく近い未来に、自分らしさを手に入れていただけたら良いなと思います。

自分の良さやコンプレックスが武器になることもあるから、生きづらさ抱えながらも「それは恥ずべきことだ」と思っている人がいたら、「全然そんなことないんだよ」とお伝えしたいです。


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