For People with Disabilities

中絶を後押しする「新型出生前診断」の難しさ 母親の知る権利だけが一人歩きしていないか

母親の知る権利だけが一人歩きしている状態での「新型出生前診断」の危うさとは

母親の知る権利だけが一人歩きしている状態での「新型出生前診断」の危うさとは(写真:polkadot/PIXTA)

大江健三郎が自らの体験を基に、障害児を持った親の葛藤と受容を描いた『個人的な体験』を発表してから半世紀以上。少子化、科学の進歩で問題は複雑化している。数多くの障害児とその家族に接してきた小児外科医は、プラス方向への変化を感じるとともに危機感も募らせている。『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』を書いた医師の松永正訓氏に聞いた。

「受容」は生涯を通じて成し遂げるもの

──受容には個人差がある?

寝たきりで言葉ができるかどうかといった重度心身障害児の場合、親が病院に寄り付かない「院内捨て子」になることが今でもまれにあります。が、同じような子でも生まれた瞬間に受容できる親もいる。また、5年、10年と時間をかけて受容する例もあります。3歩進んで2歩下がったり、突然振り出しに戻ったり。それが受容です。

──「仮の受容」と書いています。

経験的に多くの母親は障害のあるわが子の存在を最初から受け止めます。が、「なんでこの病気、この障害に」という点では納得できないことが多い。納得できたと思っても、また涙がはらはらと落ちてくる。真の受容は親が生涯を通じて成し遂げるものかもしれません。

人生経験も影響します。50年も生きていれば、人生は困難の連続で、それを乗り越えてこそ幸せになれると知っています。こう考えられれば、障害児を授かることは人生における多くの困難の1つですが、20〜30代の親は人生の終わりみたいに感じてしまう。

──大江作品の主人公も27歳。

大江健三郎はシンプルな答えを出している。人間、理不尽な状況で逃げ道がなければ引き受けるしかない、と。選択肢がないとわかって、初めて自由になれる。そこからの人生を楽しむか、苦しむかを自分で決められるのです。どっちの例もたくさん見てきました。

──楽しめると「第2の誕生」へ。

誰しもわが子はかわいく、賢く、と願いますが、それが実現しないと悟ると、それまでの価値観を解体するんです。新しい価値観を築き、「この子でも仕方ない」という容認が、時間とともに「この子がいい」という承認になりうる。その時が第2の誕生。わが子を承認できる人は決して不幸ではない。

障害児を育てている親に話を聞くと、生きるとは何かを深く考えているので、人生が豊かになっているような気がします。

「ダウン症診断だったら中絶」の流れは危ない

──少子化の影響が気になります。

高齢出産の多い時代になり、パーフェクトな赤ちゃんへの欲求は高まっている。この10年で出生前診断を受ける親の数は2.4倍に増えました。40歳で障害のある子を生むと、第2子は無理なので、この子を育てようと最初から受容できる親も増えているように感じます。ただ、全体としていい方向になっているかというと、難しい。出生前診断で見えてほしくないものまで、見えるようになってしまった。今、悪い意味で話題になっているのが、妊婦の血液検査だけで胎児のダウン症の有無がわかる新型出生前診断(NIPT)です。

松永正訓(まつながただし)/1961年生まれ。1987年千葉大学医学部卒業。大学病院を中心に小児を専門として臨床、研究、教育を行う。93年医学博士。2006年から松永クリニック院長。著書多数。『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』で日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。(撮影:ヒダキトモコ)

サイエンスには明確なビジョンがあるものとないものがある。前者は例えばiPS細胞の開発。一方でNIPTは、既存技術を組み合わせたら胎児のダウン症がわかる、が出発点で、ダウン症の胎児は中絶すべきという理念から開発されたわけではない。ダウン症は障害児のほんの一部だし、そんなにひどい障害ではない。狙い撃ちされるのは、調べられるから。世界的に問題となっている発達障害は出生前診断ではわかりません。

──自身の失敗も披瀝しています。

先輩が「ダウン症の子が生まれたら、妻にすべてを負わせられないので小児外科医を辞める」と言っていたのが頭にあり、妻が妊娠したときに、「小児外科医を辞めたくないな」と思い、NIPTにつながる母体血清マーカー検査を受けました。

その後、妻から「ダウン症だったら中絶するつもりじゃないでしょうね」と言われ、ギクッ。俺、何やっているんだろうと。

──プロでさえ油断すると……。

愚かでしたね。これだけメディアにNIPTの話が出ると、みんなが受けていると妊婦は思うのではないか。ダウン症と診断された9割が中絶という報道がセットになると、検査してダウン症なら中絶という流れになり危険です。

──それを一般診療にする動きが。

新聞によると日本産科婦人科学会が未認定の実施機関が40あり、うち37は産婦人科医がいない。他科の医師が採血して、米英に送り5万〜10万円の利益を得ている。学会は自由診療で野放しにするより、一般診療で自らの管理下に、という考え。いわばワーストよりもワース。でもワースはワースです。日本小児科学会や日本人類遺伝学会は、命を預かる医師が理念を捨ててどうする、と怒っている。

どんな子でも等しく人権はある

──滑りやすい坂、ですね。

生命倫理学者がよく使う言葉で、倫理的な規範を1つ緩めると歯止めが利かなくなることを指します。今まさに緩められようとしていて、厚生労働省が介入している。私たちが受けた検査でも同様のことがあり、当時の厚生省の諮問会議の結論は「積極的に検査を妊婦に知らせる必要なし」でした。そして、障害と不幸はイコールではないと役所にしてはいいことを言った。

──「疾病欠陥理由の中絶の是非を議論すべき時」と書いています。

中絶を認める立場から出るのは、母親の知る権利。では、ダウン症の子供がどう生きているか、家族がどういう価値観を持ち、人生の意味をどう捉えているかを伝えているか、と問いたい。それをせずに、この検査なら中絶の判断ができます、では、知る権利に値しない。

──障害児への治療をめぐる医師の苦悩も含め、障害児、胎児の置かれた状況がわかりました。

知った後は、理解してほしいのです。中途半端に知るのが怖い。相模原市の障害者施設を襲った犯人も、職員として働いて障害者や家族の日常を知っていた。うわべだけでなく、障害者を育てている家族がどういう価値観を持っているのか、どういう幸福を感じているのかを理解してほしい。

実は医師も同じです。技術者なので手術したら終わり。家族の思いなんて知らないから、脳の状態や表情の有無で線引きし、こんな子を助けても仕方ないと思う医師もいます。でも、どんな子でも等しく人権はある。そこで線引きをしたら、相模原事件の犯人と同じなのです。

(聞き手:筒井 幹雄)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。