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僕たちは発達障害を言い訳にしてはいけない 当事者3人から見える社会との向き合い方

社会とどう向き合うべきなのでしょうか(写真:GAPS / iStock)

「圧倒的にヒューマンスキルが足りない」

――現在、山村さんは就労移行支援施設に通ってらっしゃるそうですが、そこではどんな支援をしてもらえるんですか?

山村 光(以下、山村):まだ通いはじめて間もないのですが、精神障害を患っている人が一般企業で働くために訓練を積む場所です。自分はコミュニケーション能力が低いんです。昔、働いていた職場で「君は仕事のスキルが足りないんじゃなくて、圧倒的にヒューマンスキルが足りない。その中で特に際立ってコミュニケーション能力に欠けている。だから、仕事を教えればきちんと結果を出せるけど、会社で働くというのはそこじゃないんだよ」と言われたんです。

何かしらの職業に就きたくてその知識をつけるために就労移行施設に通っている人が多いと思いますが、自分はコミュニケーションスキルを身に付けたくて通っています。

――山村さんは短大卒業後、どんな職に就かれたのですか?

山村:最初は食品会社に2年勤務していました。でも、耳の聞こえが悪くてつまずきました。指示は聴こえるけど、聞き取りができないんです。ドイツ語なりフランス語なりを聞いているような気分になり、日本語として頭の中で捉えるまでに時間がかかるというか。耳から入った情報の処理が苦手で、聞き間違いが多かったです。今は笑い話になっているのですが「あと5分過ぎで出るから」と言われたのを「え、五寸釘どうするんですか?」って聞いてしまった(笑)。

吉田 正弘(以下、吉田):どこかに打ち付けるのかな(笑)。

山村:だから、社会に出てからは怒られることがすごく多かったですね。発達障害の特性だと思うのですが、指示を正しく解釈できない。あいまいな指示をされると思考がストップしてしまう。

――ASD傾向のある人は「これを適当に片付けておいて」と言われると、どう片付ければいいのかわからないというのを聞きます。

山村:「見ればわかるでしょう?」と言われても、「わからないので聞きに来ました」という感じです。それでも、周りの人はそんな自分をよく放り出さずに教育してくれたなと思います。

あいまいな指示が増えてきて戸惑う

――吉田さんも昼はIT会社で働き、夜はバーに立ってらっしゃいますよね。大学卒業後就職した際、つまずいたことはありませんでしたか?

吉田:今まさに、つまずきつつある状態です(笑)。でもそもそも、IT自体がおそらく発達特性のある人間が作ったものなので、それを前提としたツールができているんです。プロジェクトとなると、到達までに必要な仕事を洗い出して、それをより細かくして、何時間でやるタスクというレベルで分けていきます。その上で、これを誰がいつまでにやって、やったものを誰が確認するか、というのを全部決めてから仕事が始まります。それって、発達障害の傾向があるようなわれわれにとってすごく助かることじゃないですか。

大学卒業後就職した際、つまずいたことは…(筆者撮影)

そういう業界の特性があったおかげで今までは平気でしたし、入った会社の環境が非常によくて、1、2年目は先輩が的確な指示を出してくれていました。ただ、総合職という立ち位置なので、勤務年数を重ねるにつれ、徐々にあいまいな指示が増えてきます。もう僕がその仕事に慣れてきているだろうという前提を上司は持っているので。

たとえば上司はAに連なるA1、A2、A3の仕事を依頼したつもりだったのに、僕の中ではAそのものしか伝わっていないしわからないから「Aをやりました」と報告すると「あれ? 他のはやってないの?」となることが徐々に増えてきました。

吉田:仕事自体は楽しいです。でも、ITとはいえ日本的な雰囲気もあって、能力の偏りがある人にもオールラウンダーを求めてくるんですよね。この人の得意なところだけやらせれば絶対に生産性が上がるのに、苦手そうなところもやらせるから、トータルで組織としてもったいないんです。会社内のムダを減らすきっかけとして、発達障害に関する勉強は続けていきたいです。

僕以外にも、指示がちゃんと理解できていない中年の総合職の方もいらっしゃいます。でも、人当たりはいいし、根本的には純粋でいい人なんだけど、空気が読めない部分がある。その人の周りにいる人に「彼はこういう特性がある」というと、だんだん雰囲気がよくなってきたりします。職場の身近な部分から、働きやすさについて広めていけたらと思います。

発達障害を免罪符にしたくない

山村:楽しく仕事ができるっていいですね。自分が就活していたときゼミの先生に「どんな仕事、条件で探したって、最終的には人間関係だからね」と言われました。自分は新卒で食品会社に勤めていたときに肺気胸を患ってしまい、もう体がもたないと思って転職したんですね。幸いにも短大卒でありながら医薬品メーカーに派遣させてもらい、仕事自体はとても楽しかったんです。でも、向こうの組織からは、仕事ができる・できないということではなく、自分にコミュニケーション能力がないことで「一緒に仕事をする仲間としてふさわしくない」という理由で契約を切られてしまいました。

発達障害がマイナスの方向に助長されてしまっているとは思いますが、どちらかと言えば自分自身の問題だなと思います。発達障害ではありますが、発達障害を理由にごちゃごちゃ言いたくないんです、本当に。発達障害を免罪符に「お前は自分にこうしてほしいんだろう」というふうに相手に受け取ってほしくないんです。

光武 克(以下、光武):なるほど。難しいところだよね。それには100%同意するけど、僕は発達障害をすべて職場にも公表しています。それは円滑にコミュニケーションするためなんだよね。どこでコミュニケーションの齟齬が起こりやすいか、どういうときに迷惑をかけやすいか、ということを最初から全部説明しておくために僕は公表している。でもそこって、免罪符にするのではなく「ここが自分は失敗しやすいからフォローをお願いします」という意味なんです。

――人に頼ることは大事ですよね。

光武:大事だと僕は思います。絶対自分だとミスするので、そこのところを最初から「ここはできないです」「そこに関してはお願いだから助けてください」「代わりにここはできるので、ここは思っている以上の結果で返します」といった形で自己紹介することが多いですね。

山村:そこ、すごく難しいです。未だに、人に頼るのと人に甘えるのはどこが線引きかというのに迷います。自分にとってはできないことだから頼っているつもりでも、「頼ってくれてありがとう」と言う人もいれば「それはただの甘えだからこっちに来るな」と言う人もいる。

光武:そうはいっても僕たちには能力の偏りがある。そのため、失敗しやすいし、それはどうしようもない特性です。だから、僕が唯一やることは、相手が失敗したときに、そのことを一切責めないことです。そして、ミスが起こったなら、そのミスに対してどう改善すればいいかを一緒に考えるようにしています。

たとえば、発達障害バーで何か問題が起こったときも、怒ることはまずないです。「ここはミスが起こりやすいところだから、それに関してはぜひみんなでフォローし合えると、全体として作業効率がスムーズになると思います」という言い方をします。

「並」ではない自分たち

――自分の特性に合った仕事を見つけるためにはどうしたらいいと思いますか?

吉田:僕は自分と波長が合う人が何の仕事をしているかと考えて、ITにしました。大学時代に入っていた部活のOBに商社、メガバンク、IT企業に勤めている人がいたのですが、とりあえず「商社は無理だわ、この人たちについていけない、定型発達の集まりだわ」と思いました。今思うと、彼らと空気が合わない。それで、IT系の人は一緒にいて楽だなと思い、受けたら受かったので、「じゃあお願いします」みたいな。

山村:自分は就活していたとき、自分が売りにしていたことと、仕事をしていて「山村さんこれできるんだね、お願いします」と言われることが全然違ったんです。学生時代はこういう能力に長けていると思っていた部分が、社会では全く役に立たなくて。逆に、自分の中でそんなに売りにしていなかったはずのことが、社会に出たら通常なら鍛えないと身に付かないものだったりしました。そういうことは経験しないとわからないことです。経験してみることって大事だなと思いました。

――今までの当事者インタビューでも聞いてきた質問なのですが、発達障害はもっと社会が受け皿を作るべきでしょうか? それとも強過ぎる個性という捉え方ですか?

定型発達の人は並なんです(筆者撮影)

山村:自分は両方の考えがありますね。社会が受け入れるべきというのはそれもそれで一つの手だと思います。前編の話に戻っちゃいますけど、発達障害だからマイノリティとはじき出したのは社会なんです。はじき出しておいたんだったら受け皿を作るのもそっちなんじゃないかなと。一種の攻撃的な見方ですね。

一方、強すぎる個性となると、自分は普通じゃないことに今まですごく悩んでいたんですね。でもふと思ったんです。普通って「並」じゃないですか。自分たちが普通と思っている言葉も、ごくありふれた、特に際立った特質がない様を指します。

吉田:要は凡人ですね。

山村:ちょっと言い方は悪いかもしれませんが、定型発達の人は並なんです。

吉田:俺らは「特盛りだぞ」と(笑)。

山村:並の中には天才も秀才もいない。天才も秀才もそれがいい方向として社会に受け入れられたからもてはやされるのであって、それが社会にとって都合の悪い部分だけ切り取られると下に行くんです。

自分は普通じゃない、並じゃないけど、その分並の人よりも上に行ける可能性がある。そう思えば並じゃないことも、そんなに悪くないなと思うんです。普通じゃないことで悩んでいましたが、普通じゃないということは、下に行く可能性もあるけど、上に行ける可能性も普通の人よりは高いんです。そしたら後は、普通よりも上にいくことを何かしら努力すればいいじゃないかって、ちょっと開き直りました。

自ら社会の受け皿を作っていくべき

光武:そうだね。僕は個性が強すぎると言われるけど、「普通」とされる方も個性はあるんですよね。その中に常識というものでくくられる側面があり、ちょっと受け入れられにくいような部分を認められた人が発達障害者だと僕は思っているんです。

天才とくくられた人たちは、その部分を認めてもらいつつ、認めてもらえる環境を自分で作ろうとした人だと思う。環境を変えたとか、自分がそこにピタッと当てはまるところをたまたま見つけることができて、それがたまたま天才というふうに形容されたケースもある。

でも、それが見つからなかった場合は、さっき山村さんが言ったように下の下として外れたものとしてカテゴライズされることがある。だから、僕の中では社会が受け皿を作るというより、もっと主体的に「自分の特性はこうだ」と示して、自分で作っていくものかなと思う。その中で受け入れられるためには「お互いこういう努力をしましょう」と交渉をしますし、その上で相手が望むパフォーマンス以上のものを提示すれば、リターンは確実に来ますから。そうやって自分の場所を僕は守っているつもりです。たとえば僕の場合、予備校の業務の〆切は守れないし遅刻も多いけど、授業アンケートの満足度は高いぞ、と(笑)。

一同:(笑)

光武:予備校側としては頭を抱えるわけです。でも、ここはできないけどここは評価できる。だから、授業アンケートで生徒からの声が聞こえなくなるようだったら契約を切ってもらってかまいません、迷惑をかけてしまう点と、リターンできるものを考慮したうえで契約をお願いします、という形です。

吉田:メリットがあれば受け入れてもらえますから。

光武:そうです。だから僕、Win-Winという言葉を考えた人、好きだな。絶対サイコパスだと思う(笑)。

一同:(笑)

山村:言い方によっては自分にいいことをしてもらうために、相手にもいいことをしなさいという。

光武:そういう発想なんです。自分のために人を利用するという発想の逆に見えるけど、実は根本が一緒なんですよね。結局、相手がここで満足をしてくれたほうが自分にとってリターンが大きいから、自分は相手にとって利になることをしてあげるという。

山村:自分自身が何かしらの受け皿をもっと広くもっていれば、社会も受け皿を広くしてくれるのではないかと思います。

定型発達の人だって生きづらい

光武:僕、よくバーで言っているのが、「この社会で定型発達だって生きづらいことを発達障害者は知っているのか?」ということ。発達障害者は「生きづらい、生きづらい」と言っているけど、定型だって生きづらいんだと。そのことを考えもしないで自分のことばっかり言ったって、受け入れてもらえるわけないでしょうと。受け皿を作ってほしいと本当に思うのなら、まず相手のことを受け入れなさい。そんなこともしないで一方的に「自分を受け入れて、受け入れて」と言うのは、かまってちゃんと一緒だぞ、と。

吉田:それか5歳児ですね。

山村:自分は「社会がはじき出したから社会が受け皿を作るのが道理じゃないのか」と言いましたが、矛盾しているようで実は平行線だなと思っています。要は社会から攻撃されたから「自分たちはマイノリティだからもっと配慮して」という攻撃をしている状態ですよね。今、定型発達の人は「君たちは扱いづらい」、発達障害の人は「もっと配慮して」と言う、お互いにドッジボールをしているんですよね。

吉田:Lose-Loseですね(笑)。

光武:そこでわれわれが立つべきポイントはガンジーです。どんなことを言われてもニコニコしているの。でも非暴力だから。不服従でいい。おかしいことに対しては「でもそれおかしいですよね」と言う。でも、一切相手には攻撃しない。僕はそのスタンスなので、それがスタッフの採用基準です。

バーの名前である「BRATs」ってそういう意味も含めています。直訳すると「悪ガキ」ですが、それを自分たちで名乗るところに意味を見出しています。「お前たち悪ガキだろ?」と言われたとき「いや、違うよ。障害なんだよ」と言ったら攻撃なんです。だから、こちらは度量を見せて「うん、悪ガキだよ!」って言いたいです。

吉田:やっと中二病を出した(笑)。

一同:(笑)

普段の発達障害当事者インタビューとはムードが違い、和気あいあいと時おりギャグも交えながら行われた座談会。彼ら自身当事者であり、バーで多くの当事者やグレーゾーンの方と接しているため、筆者からは想像もつかない斬新な意見が次々と飛び出した。現在は高田馬場のレンタルスペースでバーを運営しているが、5月に移転してさらに本格的な活動を続けるという。発達障害に限らず「生きづらさ」の闇に閉じ込められている人は一度足を運んでみると、少し気持ちが楽になれるかもしれない。


以上、皆様はどう思われたでしょうか?

まさに管理人もこの記事の内容に賛成ですね。賛成するポイントはいくつかありますが、”発達障害を免罪符にしたくない”、”定型発達の人だって生きづらい”、”自ら社会の受け皿を作っていくべき”というのは、同じことを思っていますね。

基本的に上記3つは繋がっているとも思っているのですが、発達障害を免罪符にしたくないというのは、そればかりを全面に出してしまうと自分への言い訳ばかりが前に出てしまい結局自分のためになりませんし、そんな発達障害だからと言い訳ばかり言っている人と周りの人は付き合いたくないと思います。だからこそ、自ら受け皿を作っていく必要があり、それは自分で会社をやるとかではなく、自分が社会や人に認められるように積極的に主体的に動くということです。何事も待っているだけでは、自分の願う通りにはなりません。ですので、積極的に人に認められるように努力する必要があるということです。

また、定型発達の人だって何かしら悩みを抱えており、悩みのない人などいません。それを察するか察しないか、自分のことを話しているか話していないかにより、知っているかいないかの違いだけです。

この記事が皆様にとって少しでも参考になれば幸いでございます。


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