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「拒食症の母」の首を絞めた25歳女性の苦悩 搾取し続けてきた毒母から逃げ出したい

畑中祥子さんは、稼いだお金をすべて母親に管理されてきた(編集部撮影)

今回紹介するのは、「この前母親の首を絞めてしまった。でも後悔はしてない。この現状からはやく逃げたい」と編集部にメールをくれた、北関東に住む25歳の女性だ。

母親が銀行カードと通帳を管理

「この先、何もいいことないと思うのであと5年くらいで死にます。たぶん、自殺すると思います。生きていても、何もいいことはないだろうし、もうそれでいいです」

畑中祥子さん(仮名、25歳)は席に座るなり、そんなことを言いだした。北関東の小さな街。到着してから誰も通行人を見ないし、入った飲食店にも客は誰もいない。

店内は静かで「死にます」という声が響く。畑中さんは地味でおとなしい雰囲気の女性で、病んでいるようには見えなかった。地元の進学校を卒業して非正規職を転々として、現在は企業の研究所で雑務をしている。時給は地域では破格の1400円で、手取りは18万円ほど。仕事には、なんの不満もないという。

どうして5年後に死ぬのだろうか。現在は母親と2人暮らし。父親は出稼ぎ中で老朽した木造一軒家に51歳になる母親と住んでいる。所有物件なので家賃はかからない。どうも、家庭に問題があるようだった。母親は無職で父親からの仕送りをもらうが、それでは足りないと畑中さんの収入に依存している。

彼女の銀行カードと通帳は、社会人になってからずっと母親が管理しているという。そこでトラブルが起こったようだ。

事件が起こったのは、10日前。

ずっとまじめに働いているが、母親から渡されるのは月2万円ほど。携帯代、ガソリン代でなくなる。数年前から母親に収入を管理されるのはおかしいと思い、何度もカードを返してほしいと伝えている。そのたびに言い合いとなっている。

「通帳とカードを渡してくれないのは、生活費とか借金返済とか、生きていくのにすごくお金がかかるからみたいな理由を言っています。この1年くらい、ずっと母親と話し合っているけど、向こうは本当に嫌がる。車検だからとかお父さんのお金だけじゃ足りないとか、何かしら理由を言われて、このままお母さんが管理するってなるんです」

社会人になってもお金を管理されて、お小遣いをもらう。母娘との関係は子どもの頃から、何も変わらない。ずっと母親に従順に従っていたが、疑問を抱くようになった2年くらい前から母親との関係は冷めきっている。給料日だった10日前、意を決して強く「返してほしい」と言った。

「お金は生活費とか返済に使っているんだろうけど、結局、私が銀行から下ろして現金を渡しても、母親が管理しても同じ。じゃあ、通帳を返してもらって私がお金を渡せばいいよね、って話をしたとき、母親はヒステリックになって怒鳴り散らして、絶叫して拒絶した。すごく怖くて、もう、いいやと思っていたけど、いい加減この状況おかしいって。それで、10日前に『返して!』って強く言ったんです」

母親は鬼のような形相になって、絶対に渡さないと暴れだした。泣き叫んで食器や缶ジュースなどを投げつけてくる。

毒母問題だった。仕事がない地方、貧困、家庭不和などが重なって、かなり深刻な状態になっているようだ。

「殺意はあったかもしれない」

「なんかプツンってきちゃって、母親の首を絞めました。気づいたら本気で手をかけてて、母親は病弱、このままやったらすぐ死ぬんだろうなと思いながら絞めました。殺意はあったかもしれない。母親は苦しそうでした。首を絞めると顔が歪んで、こいつが死んだら、私捕まるなって。こんな人間のために刑務所に行くのは、すごくしゃくに障るって思った。で、やめたんです」

母親はせき込みながら「おまえを許さない」と絶叫して、怒り心頭に発したまま車に乗って警察に行った。警察署で娘に殺されそうになったと訴えた。警官は「逮捕しますか?」と聞いたようだ。母親は「いや、逮捕はいいです」といって、そのまま帰ってきたという。

10日前のその事件によって、母娘の関係は完全に破綻したようだ。畑中さんには愚痴を聞いてくれる友達のような存在はいないようで、その翌日に東洋経済オンラインにメールを打っている。

家庭の事情を聞く。母親は20年ほど前から重症の拒食症で、骨と皮しかない痩せ細った状態のようだ。記憶にある限り、物心がついた頃から病弱で働いている姿は見たことがない。父親はパチンコ依存症で畑中さんが中学生の頃、300万円の借金を残して蒸発した。父親の年老いた親が300万円を支払い、数カ月後に家に戻ってきたという。

地元に父親を雇用する仕事はなかった。それから父親は寮のある工場に出稼ぎに行くようになった。母娘で暮らすようになって10年以上が経っている。父親がどれくらいの金額を仕送りしているのかは、畑中さんは知らない。

「最近はたまにしか会わないけど、父親はメチャクチャな人。パチンコで負けて母親とけんかして家に火をつけたり、仕事も全然続かない。ろくでもないです。そんな家なのでずっと貧乏。母親はずっと私を支配しているというか、首を絞めて殺そうとした10日前まで母親の言いなりの人生。自分じゃ何一つ決められなくて、カードを返して以外に何も意見を言ったことがないし、全部母親に言われるがままでした」

畑中さんは中学、高校といじめられていた。女子からブス、死ねとののしられ続けて、今も地元には誰も友達はいない。子どもの頃から会話をするのはずっと母親だけで、母親の言うことはすべて正しいと思って育った。病弱で家にいるだけの母親も娘に依存し、過干渉だった。部活、進学、買い物、人間関係とあらゆることに口を出して、畑中さんはそれを疑うことなく従った。

「今思えば、母親には全部否定されて生きてきました。中学校のときに漠然と、将来は先生になりたいと思っていたけど、『あんたじゃ無理、できるわけがない』みたいな。あと、いつも親戚とか人と比べられて、勉強とかスポーツとか、何もかも中途半端だからバカにされるし、お母さんも恥ずかしいみたいな。『誰々ちゃんはこうなのに、なんであんたはこうなの? 』とか。いつもそんな感じでした」

勉強はできた。中堅上位の進学校に進んだ。母親に否定され続け、高校生の頃には先生になりたいという夢は消えていた。自分の家が貧乏だと気づいたのは高校2年生のとき、母親は口癖のように「お金がない、苦しい」と繰り返し言うようになった。

就職を希望したのは、学年で1人だけ

都内の私立大学に指定校推薦で行ける評定はあった。しかし、母親は「家が苦しいんだから、大学進学だけは絶対にダメ」と何度も、何度も言う。最終的には母親だけでなく、親戚、父親などにも「大学なんて行くもんじゃない、とんでもない」と聞かされた。就職を希望したのは、学年で1人だけだった。

「家が苦しい。だから、自分は働かなきゃみたいな洗脳です。お母さんとか親戚が代わる代わる大学はダメって。学歴が低いと賃金が低いとか人生不利になるとか、そのときは全然知りませんでした。自分が働いて母親を支えるって。使命感というか、そういう意識はあった。だから先生には進学を薦められたけど、母親は絶対に許さないだろうし、聞きませんでした。もうさっさと働こうって思っていました」

進学校なので高校には就職の情報はない。新卒正社員の仕事は見つけることができなかった。地元には工場と介護くらいしか仕事はなく、通勤に車は必須だったので正社員の仕事は断念した。卒業してすぐに徒歩圏のパチンコ屋でアルバイトをはじめて、19歳のときに携帯販売の代理店に移った。どちらも時給の非正規雇用だった。

「そのときは、家から出るっていう選択肢は自分の中になかった。母親のそばにいたいと思っていたし、車もないし、通える範囲の仕事をしてパチンコとか携帯販売のアルバイトってことに不満はなかった。ただ、銀行の口座を作って最初から母親が管理していて、給与は本当に全部母親に渡していた。仕事の同僚にそれを言ったら『それ、ちょっとおかしいよ』って言われたけど、自分はずっとおかしいとは思っていませんでした」

畑中さんに友達はいない。地元では孤独だ。同僚も年上ばかり。ある日、寂しくなって出会い系サイトに登録した。メッセージをもらって何人かとやり取りして、気が合った4歳年上の男性と付き合うようになった。大学卒業して2年目の社会人、初めての恋愛で、初めての恋人だった。

「付き合って2カ月くらいしたとき、母親に彼氏ができたって話しました。彼氏の学歴とか仕事とか聞かれて、母親は『その人にお金を借りて』って。消費者金融にお金を借りて返済できなくて困っているって。今すぐ電話して15万円を借りてほしいって。えっ、って思った。おかしいし、嫌だって思ったけど、でも母親の言うことは絶対。彼氏に頼みました。そのとき、初めて母親に疑問が浮かんだ。おかしいと思った」

母親からの洗脳が解け、通帳の話でいつもいがみ合いになっていたと語る畑中さん(編集部撮影)

彼氏は15万円を渡してくれた。月1万円ずつ返済する約束をした。母親に15万円の現金を渡すと、奪うようにお札を握って国道にあるATMに返済しに行った。

「借金は、相手にすごい罪悪感があった。とんでもないことをしたって。その罪悪感を消すために、相手のことを好きじゃないって思い込むようにしました。だから会う回数も減らして、『仕事忙しいからあんまり連絡返せない』って、あまり会わないようにして、お金は全部返しました。最終的には自分が本当に1カ月、2カ月ぐらい連絡一切返さないで、向こうから『別れよう』と言われた。うなずきました」

中古車を買い、風俗のアルバイト

母親に車の免許を取りたいと頼んだ。母親は渋々了承し、車の免許を取った。地元は本当に車社会で、大人の県民はほぼ全員が車で移動している。車通勤なので免許がないと仕事もできない。月2万円のお小遣いだけでは車は買えないし、何もできない。母親にダブルワークすることを伝えた。

「ローンで中古車を買って、風俗のアルバイトをすることにしました。それまで考えられない世界だったけど、土日だけとなると、本当に風俗しかない。母親には通帳とカードを返して欲しいって話もするようになって、それからはいがみ合いばかりになりました」

風俗勤めは職場や同級生にバレるのは絶対に避けたかった。毎週土曜日、車に乗って隣の県にある繁華街まで出勤した。ずっといじめられっ子で人は苦手で、異性にも縁はなかった。知らない男性と性行為するなど考えられなかったが、仕方がないと思った。

「割り切っていますけど、風俗の仕事はすごく嫌です。ツラいし、情けなくなる。母親からのマインドコントロールも解けて、“どうして私がこんなことをしなきゃならないの”って思うようになった。だから母親に風俗をしているって言いました。そうすれば、通帳とカードを返してくれると思ったけど、母親は聞いていないフリをしていました。もう、本当にダメだと思った」

車で移動できるようになったので、時給が高かった今の職場に応募した。立ち仕事ではなくなって、ノルマもないので仕事は断然に楽になった。一時期は風俗に土日全部出勤して月20万円くらい稼いだこともあったが、耐えられなくなることはたびたびだった。

「母親は家ではお金がない、苦しいとか。あなたダブルワークしているなら、もっとお金を出せとか。そんな話しかしません。本人は毎日、お菓子とかアイスとかたくさん買って悠々自適です。1年くらい前から母親が死なないかって思うようになりました。拒食症はまだ続いていて、1週間アイスしか食べないような状態。体重は25キロないと思います。だから死なないかなって。今日も帰って母親が死んでいたらラッキーだなって、そう思っています」

家では、母親と話はしない。恋人に借金をさせてからだんだんと距離ができて、母親と一切会話をすることがなくなった。しゃべることはお金のことだけ。

それから母親は、自分自身を悲観するようになった。あんなクズみたいな男と結婚したことが間違い、あんたみたいな子どもを産んだことが間違い。あんたなんて捨てればよかった。そうしたら、お母さんの人生はもっと幸せだった――みたいなことを、ひたすら吐き捨てている。

そして10日前、殺意をもって首を絞めてしまった。

母親を捨てることを決めた

「この10日間、すごく考えて、母親を捨てることにしました。銀行口座を新しく作って、家を出ます。母親は生きていけないでしょうが、もう知ったことではありません。隣の県に安いアパートを見つけて、2、3日中に契約します。家を出て、母親と断絶します。もう、一生会うつもりはないし、死んじゃっても葬式にも行きません」

ここから50キロ以上離れた隣の県に住んで、現在の職場に車で通うという。職場からは了承された。母親は地方で出稼ぎする父親が面倒をみるか、生活保護か。手取り18万円、家を出れば、性風俗のアルバイトをしなくても生活することはできる。ずっと嫌だった風俗のアルバイトからも足を洗うと決めた。

「子どもの頃から母親と共依存みたいな状態だった。時間がかかったけど、やっと目が覚めました。30歳まであと5年くらい、隣の県でひっそりと生きて、それでたぶん自殺します。もう、自分に何もないことはわかっているし、風俗なんてしてしまったので結婚とかも考えられない。だから、それでいいです。母親と絶縁するだけで幸せはないけど、苦しさはなくなります」

毒母との25年間に及ぶ、共依存と憎しみ、絶縁の決断。そして、30歳になる5年後に本当には自ら命を絶つつもりなのだろうか。自殺の話には触れずに、母親との絶縁の決断には大きくうなずいた。なんとか逃げ切ってほしい。


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