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自閉症と診断された22歳が挑む「会社員生活」 障害者手帳を携帯しての就活から現在まで

発達障害の社員はどう活躍しているのか? 写真は東京海上ビジネスサポートで働く相原聖人さん

発達障害の社員はどう活躍しているのか? 写真は東京海上ビジネスサポートで働く相原聖人さん

このビルの中に、「東京海上ビジネスサポート株式会社」の本社がある。同社は、東京海上グループの特例子会社だ。

特例子会社とは、文字どおり「特例」として、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社のこと。前回記事でも紹介したとおり、2010年に設立された同社では、308人の従業員のうち、155人が障害者だ(2月1日現在)。

小学校の3、4年生頃に初めて知った障害

「私が自閉症であると医師から診断されたのは3〜4歳の頃のようです。その後、小学校3、4年生になって親から発達障害の自閉症について説明を受けて、初めて自分が障害を抱えているんだということを知りました。お腹の中にいる状態で、この子はなんらかのリスクを抱えるかもしれないということを医者から言われていたらしいのです」

そう話すのは、相原聖人さん(22歳)。この春、都内の大学を卒業し、同社に入社した。

東京海上グループの中での障害者雇用は、一般のグループ会社と特例子会社の採用の2つのルートがある。その違いは仕事内容と給料だ。

特例子会社は勤務時間が6時間と短く、そのため給与は25%ほど低くなる。また、同社は5人の障害者に対して指導員1人がついており、個々の障害者の特性を見極めて、定着支援のためにソーシャルスキルトレーニング研修や、臨床心理士によりカウンセリングも行っており、その他のグループ会社とはシステムが異なる。

今年、東京での新卒採用10人中、初めて大卒を1人採用した。高卒も大卒も同じ処遇からのスタートだ。実習を受けてからの採用となるため、実習を体験し、さらに給与と仕事内容を聞いて辞退する大卒生もいるという。

2014年から国際的な診断基準の改訂で「自閉症」は「自閉症スペクトラム」という診断名に変更になった。「自閉症スペクトラム」の診断基準となるのが、「3つの特性」と呼ばれる「社会的なやり取りの障害」「コミュニケーションの障害」「社会的イマジネーションの障害・こだわり行動」だ。自閉症スペクトラムは、これら3つの特性があることが明らかになっている。

「全体的に動きがちょっとバタバタしてしまいがちなので、ぎこちなかったり、反応速度が少し緩いといった特性があります。そうしたことで相手を戸惑わせてしまったり、何やってるのと言われてしまうこともあり、本当にいろいろ苦労しました」

彼は3歳児以降の検査によって、知的障害もあることがわかり、大学病院で療育を受けていた。「療育」とは、発達障害や自閉症、肢体不自由など障害のある子どもが社会的に自立できるように医療や保育、機能訓練などを行うことだ。そのため、彼は普通の小学校ではなく特殊学級に入学することになった。しかし、現在では実際に面と向かって話し始めると、とても礼儀正しく、見た目にもまったく違和感を感じない。

「療育機関では会話とか発音とか認知機能のテストとか、さまざまな訓練を受けていた時代がありました。小学校の特殊学級に通いながら、そこで人とのかかわりなどの基礎を学んでいきました。低学年の慣れていない時は、人と交わること自体がそもそも苦手で不得意だったのですが、高学年になってくるとようやくなじんできました。低学年当時の先生からよくしていただいたので、小学校の頃は何とか乗り越えられたという感じです。いじめについては特に受けてはいません」

そして中学・高校は、自宅から1時間半かけて神奈川県にある不登校や発達障害の生徒を中心に教育している中高一貫校に通った。そしてAO受験で大学に入学し、そこで国際情勢や比較文化に興味を持ったという。

その後、本人の努力のかいもあり、無事に大学を卒業できる状況になり、就職を考える時期になった。彼の就職に対する考え方は、新卒にこだわらず、慌てずに就職することだったが、周りのアドバイスにより考え方が変化してきたという。

障害者手帳を携帯しながらの就職活動が始まった

「もともと僕は大学卒業してからすぐに就職するのではなく、卒業してから1、2年ほど準備期間を設けて、地元の障害者の支援機関を頼りながら地道に活動していこうと考えていたんです。ところが精神科の先生や、セミナーで参加していた担当者の方から、すぐに在学中にも就職活動を始めたほうがいいのではないかということを言われました。1年間も準備する必要はない、より積極的に打って出るべきではないかと言われたんです。また、早めに自分の将来を決めて親を安心させたかったという思いもありました」

障害特性が軽度であるため、周囲は新卒での就職が可能であると判断していたようだ。そこで障害者手帳を携帯しながらの就職活動が始まった。できるかぎり就職フェアやイベントに出展している企業と会い、ありとあらゆる情報を手に入れて、総当たりで当たるところはすべて当たった。どこかを選り好みしているような余裕はまったくなかったという。

そんな考え方から100社ほど受けたのだが、苦戦を強いられた。一般企業の障害者枠を中心に、特例子会社も手当たり次第受けた。早く決まった友人たちを横目に、なかなか就職が決まらないことに何度も落ち込んだという。

「やはり落ち込みましたね。一次面接は本当に2、3社程度しか通らなくて。 そこで二次面接に進んだとしても突破できないのです。厳しいなと思いながら、どこがいけないんだろうかとつねに考えていました。誰かに落ちる理由を聞きたかったんです。親にどうして俺は受からないんだろうと聞いたら、就活というのはみんなそんなもんだというふうに慰められました。むしろ落ちるのは当たり前だと思わないと、落ち込んでいても仕方ないよと言われました。そんな状況が続いてYouTubeを見たりして気を紛らわしていました」

周りの人の励ましを受けながら、7月の就職フェアで、履歴書などの書類を提出した結果、東京海上ビジネスサポートの合格を勝ち取った。苦闘の連続の結果ようやく手に入れた就職だった。そこで入社に至る決断をした理由を聞いてみた。

特例子会社イコール楽ではないところが決め手だった

「就職フェア内で出展している唯一の特例子会社だったんです。人事担当者に会いに行ったらつねに仕事では最高品質を求めていると。業務の質をどんどん高めていくことは、特例子会社も一般企業も同じだと共感し、ここに決めました。特例子会社イコール楽というわけではなく、成長をしていく会社という説明を受けたので、ここだったら自分の実力を遺憾なく発揮して、いいモチベーションで働けるかなと最終的には考えました」

彼の現在の仕事は自賠責保険の入力チェック業務だ。とはいえ、職業訓練を受けたこともなかった。また、仕事はもちろんのこと、会社にいるかぎりは周囲の社員ともうまくやっていかなければならない。大卒がたった1人という中、入る前と比べてどのような気持ちの変化があったのだろうか。

「覚悟を決めて入社したのですが、それでも甘かったです。細かいところで一切妥協しないとか、品質を少しでも上に、最高を求めるといった責任の重い仕事なので、そこに対するプレッシャーはあります。さらにこれからは情報処理速度、スピード感をもっと養っていかなければいけないと思っています」

新入社員は彼以外、全員が特別支援高等学校の出身だ。特別支援高等学校出身の新入社員は、学校で職業教育を受けてきている。3年間の間にしっかりとデータ入力のパソコンの業務とか、軽作業の業務などの訓練を受けてきており、本人いわく、現状では自分のスキルは年下のほかの9人より劣っているという。

「彼らは非常に優しいです。私が大卒だからといって変に遠慮することもなく、本当に仲間として一緒にやっていけており、すごくありがたいと思っています。自分は大卒ではありますが、業務のスピードなどはむしろ彼らのほうが訓練されていて、全体的に処理速度が早いので、自分自身もそれを見習ってできる範囲内で極力能力を上げていかなければいけないと思っています」

彼は他者とのコミュニケーションが苦手だったのだが、会社に就職することによって周囲との人間関係を考えるようになったという。自閉症スペクトラム障害のある人が就職して、すぐに辞めてしまうケースのほとんどが、この人間関係の壁によるものだ。

「入る前はただ単に嫌だという人がいたら、距離を取ることができたのですが、この職場では同じチームとして動かなければなりません。自分自身のしゃべり方とか話し方はもちろんですが、相手の方の価値観を極力受け入れ、否定しないようにするということに非常に気を使います。上司の方にも問題を指摘されたら、素直にきちんと受け止めるようにしています」

自閉症スペクトラム障害の人は、相互的なコミュニケーションのやり取りが苦手だ。職場では学生時代のように好きな人とだけ話すというわけにはいかず、より複雑な人間関係を築く必要がある。一生変わることのない特性のため、精神的なストレスがより大きくなる場合があるのだが、彼のように素直に受け止めることができる人は残念ながら少ない。

これから就活をする人へ

そこでこれから就活をする人、現在就活している人へ自らの経験を踏まえたアドバイスを訊いてみた。

「無理かもしれないと自分を決めつけることなくまずやってみる、試してみるということですね。それと就活で頑張っているほかの障害のある方を見て、自分一人だけが大変で頑張っているわけではないということがよくわかったので、たとえ何回も落ちたとしても、落ち込む必要はまったくないということを伝えたいと思います」

幼い時に発達障害と診断され、障害と向き合って特殊学級から頑張って大学まで卒業し、100社以上の会社に応募して、ようやく採用が決まった。現在は自分の居場所を見つけた自信からか、その未来を見据えた目は輝いているように見えた。

法定雇用率の上昇によって、障害者売り手市場といわれているが、大学を卒業してもスキルがなければ相原さんのように就活で苦労するのが現実だ。しかし、あきらめずに何度もチャレンジしていけば、必ず見てくれている人はいるのだ。

障害者雇用の門はまだ開いたばかりだ。


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